災害などが起こった後のスーパーマーケット。自分の店で初日に起こったこと

2011年3月11日午後2時46分に東日本大震災が起こったと言われています。私のところでも大きな揺れが起こった記憶があります。
あれからもう五年以上が経過しましたが、当時の状況を多くの人に知っていただきたいと思います。

はじめにこの記事を書く理由について
大震災が起きた時の私は被災された方々には大変申し訳ありませんが、私自身には被害がありませんでした。ですが、私の周囲では普段起こらない事が起こり、各地のスーパーでも品薄状態。普段当然のように購入することができるような商品そのものがスーパーに並ばないという異常事態が発生していました。東日本大震災から5年以上が経過している今、これから何かしらの災害が発生し、スーパーマーケットでも起こりうる内容を記述することで、当ブログを訪問してくださる方々、またはすでに何らかの形でスーパーマーケットに関係している方々に向けて記述することで万が一の状況にも対応できる(心構えとして)ようになって頂きたくこちらの記事を記述します。

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当時私は食堂で休憩中でした

当時の私は、普段から午後2時頃に昼休憩に入っており、当時のチーフ(主任)と二人で業務を行っていたため、当時のチーフはお店で作業を、私は食堂で休憩をとっており、地震があった頃に私は食堂で寝ておりました。

私の担当部門は スーパーマーケットの社員がブログを立ち上げる で解説しております。当時と担当の部門は変わっておりませんが、当時は担当者であり、今はチーフ(主任)を務めております。

寝ていた私は地震があった瞬間に目が覚め、まずは倉庫に駆け寄りました。作業効率向上のために倉庫では商品をむき出しにしていたからです。

私の倉庫の状況は 倉庫の棚卸しを早く(楽に)終わらせる方法 の画像を見て頂ければわかっていただけるかと思います。

結構長い間揺れていたと記憶しておりますが、倉庫に駆け寄り状況を把握しようとしていましたが、商品を置いている棚はグラグラと揺れ、今にも崩れそうな勢いでした。
ただ、幸いなことに商品が崩れ落ちることはなく、倉庫は無事。商品も問題はありませんでした。

その後売場へ

倉庫の状況を確認した後すぐに売場の状況を確認しようと売場へ行きましたが、お客様は外へ避難済み。数名のお客様はまだ売場で平然とした顔付きで買い物をしようとしていたことを記憶していますが、残念だったのは、その状況にも拘わらず数名の従業員(ほとんどはアルバイトでした)はすでに外へ避難していました。

私はお客様が優先なのではないかとムっとしていましたが、冷静に考えると予測できる自体ではあります。
仕方がないことなのかもしれませんが、今でも残念だと思っておりますが、私自身も倉庫から近かったため、倉庫に行きましたが、今では売場を優先するべきだったかと思います。

売場は和調味が1~2本くらいだったかと思いますが、それくらいの被害で済み、お客様も全員ケガをすることもなく無事に非難が完了し、わずかではあったと記憶しておりますが、一時的に閉店をしました(夕方に再開しましたが)

倉庫の補強へ

一時的とはいえ、閉店をしてから次の余震に備え、商品がむき出しになっている倉庫へ行き、棚と棚の間に段ボールで商品が落ちないように固定。火元となりえる惣菜部門の作業場も一時的に中止しました。倉庫の補強もそれほどの時間もかからずに終え、バックヤードの被害状況の確認。それからけが人等の再確認を行い、従業員が集まり今後の対応等を検討し、従業員の共通認識にした後、開店を再開しました。

その後特に問題もなく初日を終えました

その後は客数も減り、売れない日という認識で、普段通りの業務をこなし初日を終えましたが、その日のニュースなどは皆さんもご存じかと思います。

 

これが東日本大震災が起こった初日に私が経験した内容となっております。

2日目の状況は 東日本大震災が起こってから私の店で起こった事 2日目 で記載しています。

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